3番 ライト 福留 …!!!!
プロフィールにも書いてますが、私は生粋のドラゴンズファンです。
9/23にバンテリンドームへ観戦に行きました!
この日は私の今シーズンラスト観戦試合で、
かつ子供のころのヒーローだったある選手の引退試合でした
その選手とは福留孝介
物心ついたころから父の影響でドラゴンズファンだった私
よく井端のユニホームを着て試合を観に行ってました。

そのころルーキーとして活躍していたのが福留孝介選手でした。
当時のことはよく覚えていませんが、内野守備はとんでもなかったようです(笑)
その後外野へのコンバートを経て、2002年の松井秀喜との
激戦を制し勝ち取った首位打者
(月刊Dragonsで首位打者狙い始めたきっかけは送りバントが内野安打になってからだって答えてた気がする。。。)
そこからは野球が好きな方ならご存じの通り。
球界を代表する外野手へと成長していきました!
当時少年野球をやっていた私は
なぜ自分は右バッターだったのかと死ぬほど
後悔してました(笑)
(右バッターでもええやん!ってなった話はまた別のブログで…)
野球ファンとしてのハイライトは2006年第1回WBC
準決勝韓国戦で見せた代打2ランホームラン

それまでずっと不調だった福留選手が日本のヒーローになった瞬間は忘れられません。
ほんまにかっこよかった。
ドラゴンズファンとしての福留選手のハイライトは
なんといってもやはり2006年優勝決定戦
当時実家でテレビで親父と観てて延長12回の勝ち越しタイムリーでハイタッチして喜んだのを
今でも覚えています。
有名なのはその後のタイロンの満塁ホームランですね!
「痛烈!一閃!」
故河村アナの名実況が懐かしいです。

本当にかっこよくてドラゴンズのユニホームがすごく似合っている男でした。
その後MLB挑戦→阪神タイガースと中日からは少し離れて行ってしまいましたが
2021年
福留選手が帰ってきました。
全盛期の姿とは決して言えない中、全力プレーでチームを鼓舞する姿には感動しました。
そして2022年
中日だけではなく日本球界の先頭で走り続けてきた男が引退を決意しました。
今シーズンは思うような成績を出せない中、若手に打撃指導する姿を見て
薄々『そろそろ引退かもな…』と覚悟はしていました。
覚悟はしていてもやはり寂しい。
この男の最後の雄姿を見届けたい一心で球場に向かいました。
最後の打席はセカンドフライ
ファーストストライクを打ちにいった為
打席の時間は少なかったけどしっかりと目に焼き付けました
孝介の応援歌を球場全体で大合唱できなかったことが心残りかな
最後のセレモニーではチーム内外から言葉が贈られ、
一人の男福留孝介がこんなにも愛されているんだと
ものすごく感動しました。
最後のあいさつは、子供の頃からの憧れであった立浪監督とのエピソード
そして打撃覚醒のきっかけとなった佐々木恭介コーチの話もあり
孤高の天才だと思っていた福留孝介の周りの方への感謝の言葉であふれていました。
福留孝介選手
24年間お疲れさまでした。
本当にありがとうございました。
私の子供のころのヒーローは一生貴方です。
願わくば
またいつか
ドラゴンズのユニホームに袖を通してくれることを
願っています。
彼方の空を見据え
挑め夢のステージ
飛び出せすべて捧げて
扉の向こうへ

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